このコラムでは、「Research, development and dissemination of educational approaches that overcome the cycle of poverty, inequality and abuse」プロジェクト代表である日本総研/山本研究員の研究をお届けします。
はじめに①
令和3年1月、中央教育審議会(*1)によって「「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)」が取りまとめられました。
(*1)中央教育審議会:教育政策に関する諮問・東進や分科会・部会を開催する文部科学省の審議機関
そこでは、急激に変化する社会に適応するために、子どもたちの学び、教職員の姿、子どもの学びや教職員を支える環境の3つの観点において実現すべき姿がまとめられました。

私がSMBC京大スタジオで企画する研究と関連するのは、主に「教職員の姿」です。その中でも「環境の変化を前向きに受け止め、教職生涯を通じて学び続けている」と「子供の主体的な学びを支援する伴走者としての能力も備えている」と関連します。
抽出した2つの実現するべき教職員の姿は言葉として洗練され、昇華されているため具体的なイメージが沸きにくい状態となっています。それらに改めて血を通わせるために、前者については、「クラフツマンシップ」を補助線として考えていきます。後者については、「伴走者」というキーワードを具体的な事例をもとに紐解いていきたいと考えています。そして、クラフツマンシップと伴走者を関係づけることによって、求められる教職員の姿を鮮明かつ生き生きとしたものとして描きたいと考えています。「はじめに」を3回に分け、①ではクラフツマンシップについて、②では伴走を題材に、③では「『生きる』教育」との関係性について、文章を編んでいきます。
「クラフツマンシップ」、聞き慣れない言葉です。いったいどのようなものなのでしょうか。哲学者ハンナ・アレントを師とする社会学者リチャード・セネットによる『クラフツマン:作ることは考えることである』(*2)を手がかりに解説します。
(*2)『クラフツマン:作ることは考えることである』リチャード・セネット著、高橋勇夫訳、筑摩書房、2016年
”クラフツマンシップとは、例えば我慢強く基本に忠実な人間的衝動のことであり、仕事をそれ自体のために立派にやり遂げたいという願望のことである。クラフツマンシップが発揮される領域は、熟練した手作業=肉体労働よりもはるかに広い。”
はるかに広い、とありますが、どれほど広いのでしょうか、そこに教員は含まれるのでしょうか。訳者による解説を引用します。
”セネットは、いわば、人間はクラフトの集積である、と考えている。ストラディヴァリウスの職人も、ピアニストやチェロ奏者も、実験室の研究員や病院の医師・看護師も学校の先生も都市プランナーも、陶工、画家、小説家も、果ては原爆の開発者から政治家、子育て奮闘中の親たちに到るまで、もしかしたら「よき隣人」ですら、クラフトの塊なのである。人間はクラフトなしでは一刻も生きてはゆけない。漫然と現状維持を求めるだけなら話は別だろうが、少しでもよりよい仕事をして、少しでもよりよい人間になり、少しでもよりよい世界を作ろうと思うなら、日々、クラフトのメンテナンスを怠るわけにはゆかないだろう。”
(太字は著者)
セネットは、人間をホモ・ファーベル(*3)として捉え、そして誰もがクラフツマンになることができると控えめに提唱しています。そして、クラフツマンシップは資質・能力ではなく、「姿」として捉えられています。
(*3)ホモ・ファーベル:工作する人のこと
セネットを引用し、クラフツマンシップについて簡単に説明してきました。では、なぜ今回の調査でクラフツマン及びクラフツマンシップを補助線に教職員の姿を捉えることにしているのか、現時点での考えを整理しておきます。
1つは「授業を作る」実践を中心に据えて、研究を行いたいからです。教職員が学び続けることの中心には「授業」及び「授業を作る」ことがあると考えます。
2つ目は、「授業を作る」ことと「伴走」の関係を明らかにしたいからです。「伴走」にも多様な類型があります。クラフツマンシップを補助線にすることで、「授業を作る」ことに範囲が絞られ、伴走の調査をシャープに進めることができます。
3つ目は、教職員の魅力が低下していると言われる中で、授業を作る中で発揮されるクラフツマンシップに光明があるのではと思っているからです。クラフトのロマンティシズムに陥ることに注意しつつ、目前にいる生徒の課題や状況に応答し、知をブリコラージュ(*4)しながら、授業を手探りで作ることの可能性を模索します。
(*4)ブリコラージュ:持っているものを寄せ集めて自ら作ること
「はじめに②」では、「伴走」について取り上げ、調査研究の方向性と現状を共有したいと思います。