様々なフィールドの知見を結集し、「『生きる』教育」で社会を変える
「貧困・格差・虐待の連鎖を乗り越える教育アプローチの研究開発と普及」のプロジェクト代表である京都大学/西岡加名恵先生に、先生が捉える社会課題やプロジェクト立ち上げの経緯、そしてプロジェクトへの思いを聞きました。
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子どもが抱える問題は、社会全体で取り組むべき課題
日本においては、相対的貧困状態にある子どもたちが7人に1人にのぼる(*)という状態が長らく続いています。現在の子どもたちは将来の大人たちなので、子どもの貧困問題は将来にわたって大きな影響を及ぼす社会の問題です。今取り組むべき喫緊の社会課題と言えます。
私は社会課題を「個人の生活や幸福に深刻な影響を与える、社会全体に広がる課題」と捉えています。虐待やいじめ、差別、貧困といった社会課題は、社会の構造的な不均衡や不公正から生じています。私たち一人ひとりが関係していながらも、一人では解決できない課題なので、社会全体で取り組んでいくべきだと考えています。
(*)子どもの貧困への対応について(厚生労働省)
学校教育からのアプローチ:「『生きる』教育」
SMBC京大スタジオのプロジェクトでは「子どもの貧困・格差・虐待」という社会課題に対して学校教育からアプローチしていきます。実は私自身、かつては「子どもの貧困や虐待といった問題は福祉の課題であり、学校教育ではアプローチできないのではないか」と思っていました。しかし、2021年にドキュメンタリー番組で生野南小学校(現・田島南小中一貫校)における「『生きる』教育」の実践を拝見して、考えが大きく変わりました。
「『生きる』教育」を始めるまでの生野南小学校では、虐待に起因するトラウマを抱えた子どもたちが凄まじい「荒れ」を示し、将来に希望を持てない様子が見られていたと言います。しかしながら、生野南小学校の先生方の様々なご尽力により「荒れ」を克服し、学力向上をも実現するに至りました。さらに、子どもたちの自己肯定感を高めるような学校づくりの柱として開発されたのが、「『生きる』教育」です。
「『生きる』教育」は、子どもたちが「人生の困難」を解決するために必要な知識を習得し、友だちと真剣に話し合うことで安全な価値観を育むことをめざす教育プログラムです。他者と適切な距離をとることや、自己のアイデンティティを形成すること、困ったときに助けを求める「受援力」を身につけることなどがめざされています。「『生きる』教育」について調査するうちに、虐待をはじめとする子どもたちの問題に対して学校教育にもできることがある、いや学校教育でこそ取り組まなくてはならないと考えるようになりました。
生野南小学校では、たまたま子どもたちが直面する課題が見えやすかったわけですが、いじめやハラスメントといった問題は、ごく普通の学校や大人の社会にもあります。 したがって、幅広いフィールドで「『生きる』教育」の実践が求められていると思います。

「『生きる』教育」ネットワークで様々なフィールドを繋ぐ
生野南小学校・田島中学校(現・田島南小中一貫校)の先生方は、長年にわたって様々な研究的知見を生かした教材研究を重ねてこられました。その結果、とても魅力的で効果的な「『生きる』教育」のプログラムが、既に多数、開発されています。こうした既存のプログラムをベースとして、「『生きる』教育」のコンテンツとコンセプトを広げていきたいと思っています。
私がセンター長を務める教育学研究科教育実践コラボレーション・センターはE.FORUMというネットワークを持っており、2,000人を超える学校の先生方や教育委員会の関係者の皆さまが会員登録してくださっています。まず、このネットワークを生かして「『生きる』教育」の研修会や研究会を提供していきます。実践に取り組む先生方の負担が減るように、実践しやすい形での指導案や教材・教具などを提供する仕組みも構築したいと考えています。
さらに、養護教諭、スクールカウンセラーやソーシャルワーカー、保育関係者、児童養護施設や児童自立支援施設の皆さま、医療関係者、子ども支援に携わるNPO関係者などにも参画していただき、「『生きる』教育」の実践者の間のネットワークを作りたいと考えています。京都大学大学院教育学研究科の教員が持つ国際的なネットワークを活かして、関連するテーマについての海外調査にも取り組みます。それにより、各フィールドで得られた知見を集約しながら、社会全体を変革するムーブメントを生み出していきたいと願っています。