社会のベースは教育がつくる。教育と先生のあり方を問い直す
「貧困・格差・虐待の連鎖を乗り越える教育アプローチの研究開発と普及」のプロジェクト代表である日本総研/山本尚毅研究員に、これまでの経験や課題意識、プロジェクト立ち上げのきっかけを聞きました。プロジェクトページはこちら

学校と先生の新たなあり方が問われる時代
SMBC京大スタジオのプロジェクトで僕たちが取り組む大きな社会課題は「貧困・格差・虐待」で、ここに教育からアプローチしようとしています。例えば、虐待の連鎖を断ち切るというのは、悲しくも今虐待を受けている子が親になったときに、自分の子どもに虐待をしないということだと思います。子どもが親になるまでに数十年かかるため、これは中長期的に取り組むべき課題です。
教育という領域の中で僕は、役割ではなく個人としての「学校教員」に強い関心を持っています。これまでの学校現場は正規教員と非正規教員(*)がバランスを取りながら支えていました。今、特に非正規教員のなり手が不足しており、教員の未配置、長時間労働など、連鎖的な課題があります。
(*)非正規教員は雇用期間の定めがある教員のこと。何らかの事情で常勤が難しい、教員採用試験に合格していない、といった理由で非正規教員になる人が多い。
途上国ビジネスと学習塾での経験の重なり
大学卒業後、途上国で貧困・格差問題の解決と事業機会創出との両立を目指すスタートアップの立ち上げに関わりました。農村の現場で、マイクロファイナンス機関と協働して商品を販売する中で「なぜこの商品のよさが伝わらないんだろう」と思うことがしばしばあったのです。商品やそのマーケティングにも問題がありましたが、そもそもこちらが話す内容が十分に伝わっていないことに気づきました。生活者の基礎的なリテラシーを底上げすること、すなわち学ぶことの重要性を認識したのがこの時です。
そこで、学びの解像度をあげるために学習塾へ入社しました。学習塾では、従来型の暗記や教科学力ではない社会人基礎力や非認知能力などを測定し、育成する業務を担当しました。学校現場の先生方と議論しながら学内での浸透・推進のお手伝いをしたものの、担当する学校内では浸透しませんでした。うまくいった他校の事例を紹介しても、文脈や状況が異なるので参考にすることさえできません。そこから、学校ごとの役割や地域特性、これまでの経緯や文化を踏まえる大切さを知り、大学院に通い、教育人類学を研究しました。
その後日本総研に移り、西岡先生に出会いました。「『生きる』教育」の話を聞き、教育を通じて貧困・格差・虐待にアプローチする試みは、20代に途上国で自分が感じた学びの重要性に重なりました。他方で、どんなによいものでも広く伝える際に壁があることは、学習塾や修士研究での経験からよくわかっています。本プロジェクトでは、これまでの経験と失敗を活かし、より多くの子どもたちに届ける方法を考案したいと思います。
先生という職業の本質的な魅力と、教育の価値を社会に伝えたい
貧困や格差、虐待などの困難を抱える子どもに対して、学校が与えられる影響はほんの一部かもしれません。それでも学校には、子どものその後の人生にいい作用を与えられる可能性があると信じています。生野南小学校(現・田島南小中一貫校)では、現場の先生方が目の前にいる生徒をなんとか助けたいと思って考え、授業をつくり、「『生きる』教育」が生まれました。目の前の生徒に刺激を受け、伴走しながら生徒にとっての新しい学びを生み出すことは、先生という職業の本質的な魅力だと思います。その瞬間に発揮される「クラフツマンシップ」に、先生のやりがいの再発見や新たな役割につながる兆しがあると感じています。授業づくりをする先生や学校組織、教育行政に対するどのような伴走が、現場での新しい挑戦をはぐくみ続けることにつながるのか、実践を通じて明らかにしていきたいです。
また、「『生きる』教育」は企業、NPO法人、学校の先生、自治体など立場や利害の異なるステークホルダーが課題認識を共有できる貴重なテーマです。それぞれがもっと近い距離でこれからの学びや学校の役割を議論し、教育の価値を再認識するきっかけを、社会に対して投げかけたいと思っています。
