2025年8月8日から12日にかけて、「誰もが生前・死後の尊厳を保つための持続可能な身じまい・意思決定とその支援」のプロジェクトで、高齢者の意思決定支援についての調査のため、韓国ソウルを訪問しました。調査の概要はこちらの記事をご覧ください。
8月11日、プロジェクト研究チームは、ソウル大学病院の緩和医療・臨床倫理センターを訪問しました。この記事では、ナム研究員が往訪先での学びをレポートします。
同大学病院はソウル市内にある1,800床規模の大学病院であり、約2,000名の医師を含む約9,000名の職員が年間およそ300万人の患者を診療しています。

最初に、がんセンターやICU(集中治療室)、緩和ケア病棟などを見学しました。がんセンターに新しくできたラウンジは、京都大学医学部附属病院にあるものを参考に造ったと伺いました。



下:がんセンターのラウンジ兼カウンセリングルーム
同大学病院の緩和医療・臨床倫理センターは、重篤な疾患を抱える患者とその家族の苦痛を和らげ、意味のある尊厳ある生活を送れるよう支援する役割を担っています。そのため、治療や患者ケアに関連する困難な決定の支援や倫理的葛藤の調整を行っています。
なお、緩和医療・臨床倫理センターはがんセンターの建物内にありますが、がんセンターだけでなく大学病院全体の臨床倫理問題を扱っています。

ウェブサイトにある紹介によると、このセンターは1996年に「ホスピス室」として新設され、2014年に「ホスピスセンター」と改称し、2015年には臨床倫理相談チームの運営を開始しました。2017年に「ホスピス・緩和医療および終末期患者の延命医療の決定に関する法律」(延命医療決定法)が施行されたことに伴い、同センターは2018年に「緩和医療・臨床倫理センター」と改称され、緩和医療と臨床倫理の両分野で医師・看護師・ソーシャルワーカーによる学際的チームアプローチを通じて全人的ケアを提供し、医療現場における倫理的問題を支援しています。
韓国の医療における意思決定支援のあり方
研究プロジェクトとの関連では、終末期にある高齢者の意思決定というテーマで、緩和ケア医で臨床倫理の取り組みをしているキム・ボムソク教授、ユ・シンヘネ教授およびセンターの職員と意見を交換しました。
まず、SMBC京大スタジオ側から児玉教授がプロジェクトの主な内容を紹介しました。教授はプロジェクトの企画意図と目的、とりわけ高齢者の意思決定とその態度に関する概念的提示、関連調査の紹介、そして今後の計画について発表しました。
センター側からは、ユ・シンヘネ教授が韓国におけるアドバンス・ケア・プランニング(ACP)(*1)とエンド・オブ・ライフ・ケア(EOL Care)(*2)について発表しました。主な内容は、韓国のACPとEOL Careに直結する「延命医療決定法」の背景と目的、法制定後のACPとEOL Careの意思決定に関する実施状況、そして事前指示(AD)(*3)と延命治療の現状についてでした。特に、法令に定義される延命治療の内容、患者に関する規定、関連する医療行為について具体的な説明がありました。最後に、韓国におけるADの内容的限界、ACP/EOL Careにおける患者家族や倫理委員会に関する問題、さらに社会的文脈におけるケアの格差について課題が提示されました。
(*1)アドバンス・ケア・プランニング(ACP:Advance Care Planning):本人の意思決定能力がなくなったときに備えて、将来の医療やケアについての方針を、本人を中心に家族や医療者などと一緒に話し合うこと。
(*2)エンド・オブ・ライフ・ケア(EOL Care:End of Life Care):患者が穏やかに最期を迎えるための医療・看護・介護を提供すること。
(*3)事前指示(AD:Advance Directive):将来意思決定能力を失った際に自分に行われる医療行為に対して、前もって意向を表示すること。また、そのための文書(事前指示書)のこと。
終末期医療における意思決定支援の方法とは
その後、参加者全員による全体討論が行われ、日本と韓国両国の経験を踏まえ、 終末期医療における意思決定支援の方法について意見が交わされました。

韓国の事例を通じて、終末期の意思決定に関して、次の重要な論点が浮かび上がりました。まず、終末期医療においては、意思決定に際して特に家族の影響が大きいことです。多くの場合、患者の治療プロセスにおいては家族が介護を担い、経済的な支援も行っています。家族の中で誰かが主に介護や支援を担っている場合、その家族が特定の治療に関する決定に反対すると、現場では意思決定を行うことが難しくなることがあります。
上記の点は、法の枠組みに基づく事前指示(AD)を用いた意思決定とも関連しています。患者が以前に自ら事前指示書を作成していても、その内容を家族が全く認識していないまま、患者が重篤な状態に陥る場合があります。そのような場合、患者の意思に従って意思決定をすべきところですが、現場では介護や支援を担う家族から強い要望がある場合、そのように意思決定することは容易ではありません。
そこで、このような困難に対処するため、ソウル大学病院では法令に基づき、終末期医療の決定に関する相談を行うための専用相談室を設置しています。この専門相談室では、専門の対応スタッフが、どのような手続きがあるのかを患者だけでなく患者の家族にも相談時に説明しています。また、介護や経済的支援に困難がある場合には、社会支援チームが患者の状況に応じた方法を検討し、適切な介護や支援を受けられるよう支援しています。
さらに、このような活動の認知度を高めるために、院内で定期的にワークショップや研修会を実施し、担当者および院内医療チームの能力向上を図っています。
とはいえ、各医療機関によってこうした取り組みには違いが生じているという課題についても指摘がなされ、印象深い論点となりました。
プロジェクトの代表者から一言(児玉聡)
韓国では、事前指示に基づく終末期患者の治療中止を合法化した「延命医療決定法」が2017年に施行されてからまもなく10年になります。ADを作成した人はすでに300万を超えているということで(韓国の人口は約5,100万人)、国民の関心の高さが窺われます。
ADは内容が限定的であったり、定期的に更新する制度がないために解釈が困難だったりするなどの問題があり、今後の法改正における課題だと指摘されていました。特に、韓国でも身寄りのない患者が増えつつあるということですが、ADでは代理決定者を指名できるものの、原則一親等の家族に限るという限定があるため、誰が患者に代わって意思決定を行うことができるかについて検討が必要になっているそうです。
市民の意識啓発や、患者・家族の意思決定支援のあり方などについて、引き続き韓国の医療者や研究者と意見交換をしたいと考えています。