今回はISRD4日本調査の結果から見えてくる現代の日本における中学生の様相の一部として、本プロジェクトの焦点の一つである「虐待」をはじめとした、子どもたちの被害・逆境経験について紹介していきます。
被害経験
ISRD4では、子どもたちがこれまでに遭った各種犯罪の被害経験について尋ねています。その中から、「恐喝・強盗」「暴行・傷害」「窃盗」「ヘイトクライム(*1)」の4つの生涯被害経験について見てみましょう。




「恐喝・強盗」「暴行」「ヘイトクライム」に関して、男女ともに被害に遭った経験は生涯で一度もないと回答した生徒が大半だったことがわかりました。一方、暴力を伴わない盗みの「窃盗」に関しては、これまでに一度でも被害に遭ったと回答する生徒が一定数おり、男子で約6人に1人、女子では約10人に1人が生涯で被害に遭った経験があると回答しました。
「ISRDプロジェクト報告①」で紹介したように犯罪・非行には公式統計に上がらない「暗数」が多く、実態の測定が難しいことが知られています。そうした中で自身の過去の経験を報告する「自己申告法」にならび、「犯罪被害調査」は実態を把握するために有用とされる方法の一つです。今回のような中学生を対象とした被害調査の実施例は限られており、ISRD4日本調査から得られた結果は貴重な知見といえます。
(*1)ヘイトクライムの質問文は「これまでにあなたは、だれかから、あなたの人種、民族的背景、国籍、宗教、性自認(心の性)、性的指向(好きになる性)などを理由に、ひどくおどされたり、暴力をふるわれたりしたことがありますか?」というものである。
被虐待・逆境経験
本プロジェクトの焦点の一つである「虐待」をはじめとした、子どもたちの逆境経験もISRD4には含まれています。以下、逆境経験に関する項目の男女の傾向を見てみましょう。








「父親または母親の死」を除き、どの項目も男女ともに5%以上の生徒が経験ありと回答していました。特に「両親の激しい言い争い」と「親からの軽度な暴力(*2)」は全体の3〜4人の1人の割合で経験ありと回答しており、どちらも女子の方が経験ありと回答する傾向が高いことがわかりました。
(*2)親からの軽度の暴力の質問文は「これまでにあなたは、母親や父親(または義理の母親や義理の父親)から、たたかれたり、平手打ちされたり、突き飛ばされたりしたことがありますか?(あなたへの罰として行われた場合も含みます)」というもの。なお、親からの重度の暴力は「これまでにあなたは、母親や父親(または義理の母親や義理の父親)から、ものでたたかれたり、強くなぐられたり、けられたり、ひどく痛めつけられたりしたことがありますか?(あなたへの罰として行われた場合も含みます)」というもの。
こうした被虐待経験、親との死別や離別、親のアルコール問題や喧嘩といった、家庭における子どもの逆境経験は「ACE(adverse childhood experiences):小児逆境経験」と言われ、これらの経験の多さ(ACE得点)は生徒の将来における不利へとつながることが諸所で示されています(三谷 2023など)。
そこで今回は、ISRD4に含まれる「大学進学意欲」・「将来の見通し」(*3)と上記ACE得点(*4)の関連性を見てみます。まず、大学進学意欲・将来の見通しに関する質問の男女別の回答を見てみましょう。
(*3)本分析では両質問に対して「とてもそう思う」「そう思う」と回答した生徒をそれぞれ「大学進学意欲あり」「将来の安定した見通しあり」とした。
(*4)上記逆境体験8項目の「経験あり」の回答数を合算し「ACE得点」とした。


大学進学意欲に関しては、男女共に「とてもそう思う」「そう思う」が半数以上を占めており、男子の方がその割合はやや多いことがわかります。また将来の安定した見通しについては、傾向に性差はほぼなく、全体として「とてもそう思う」「そう思う」が半数以上を占めていることがわかりました。
次に、ACE得点とこれらの関連性を見てみましょう。


ACE得点が高い生徒ほど、大学進学意欲がない、将来の安定した見通しがないと回答する傾向にあることがわかりました。これらは子ども本人の現時点での自己評価での回答ですが、実際にACE経験は進学、就職などのライフイベントに密接に関わっており、将来の経済状況へも悪影響を与えることがわかっています。
このように虐待を含む逆境体験は、貧困・格差へとつながりうるものであり、今後解決されるべき子どもを取り巻く問題の一つといえます。
参考文献
三谷はるよ, 2023,『ACE サバイバー― 子ども期の 逆境に苦しむ人々』筑摩書房.
| NEXT 次回はパソコンやスマートフォン、SNSの利用やそれに伴う「サイバー犯罪」に焦点を当てて紹介していきます。 |