食べ物を体の中で分解したり、栄養素をエネルギーに変えたりするなど、生命が生きていくうえで大切な役割を担っているのが酵素です。京都大学大学院農学研究科の宋和慶盛先生は「導電性酵素」と呼ばれる酵素の形状を観察することに成功しました。SMBC京大スタジオのプロジェクトでは「酵素を活用したどこでも誰でも使えるCO2資源化技術の開発・実装」というテーマに取り組んでいます。これまでの研究内容や、プロジェクトを通して解決したい社会課題について話を聞きました。

専門は生物電気化学で、生物の機能(呼吸・代謝・光合成)の本質を電気化学的に解明し、バイオテクノロジーへの応用を目指す。
酵素を使ってCO2をバイオ資源化する
ごはんを食べると、酵素が分解し、代謝することで身体を動かすエネルギーが生まれます。酵素の力はすごくて、ごはん一杯(約150グラム)が変換されると単三アルカリ乾電池96本分ぐらいのエネルギーになります(*1)。
酵素を構成しているタンパク質には原則として電気が流れないのですが、まれに流れるものがあります。世界で30種類程度しか確認されていないこの酵素は「導電性酵素」と呼ばれていて、私は導電性酵素の仕組みを解明したり、資源として活用したりすることを目標に研究しています。
導電性酵素を使うとCO2を有効活用の可能性があるギ酸に変えることができ、CO2をバイオ資源化することができます。これまでに取り組んできた研究では、高濃度(100%)のCO2だと酵素がきちんと働くことを確認できました。今回のプロジェクトでは中濃度(10%以上)や極低濃度(大気レベル)のCO2でも酵素が働くような技術開発をしたり、その技術を使って小型のデバイスを作って実際に試験をしたりしたいと考えています。最終的には産官学で中長期ビジョンを共有し、共に大規模な実証試験をすることを視野に入れています。
現在でも大気中からCO2を減らす技術自体はあるのですが、課題があります。たとえばCO2と水素を反応させてメタンを作り、メタンを燃料とする方法がありますが、水素は爆発する可能性があるし、水素とCO2をメタンにするためには高温高圧の条件が必要になる。そのため、厳重に安全管理をした施設でしか社会実装できません。
地中に埋めるという方法もありますが、この技術の一番の問題は安全性を評価できないこと。可能な限りリスクを抑えようとはしているけれど、原発と同じように不可逆的なことをしてしまっている可能性があります。
酵素は常温常圧中性で働くので、危険性がありません。常温(25~37℃)でも効率よく動くというのが、酵素のすごさだと思っています。
(*1)参考:「まるで生き物!ジュースを飲む新型電池?」電気学会誌, 131巻7号, 2011年
世界で初めて導電性酵素の形をとらえた
導電性酵素というのは、物質が持つエネルギーを電気に変えたり、逆に電気を使って物質を効率よく作り変えたりする仲介役で、とてもシンプルなものです。こんなにシンプルなエネルギー変換装置って、他には多分ないと思います。
私は学生の頃から卓越した導電性酵素に関する研究を進めてきました。そして「その導電性酵素の形を見たい」と思っていましたが、世界でも成功例がありませんでした。でも2021年に京都大学に着任後、大阪大学の難波啓一先生に共同研究をお願いして電子線を当てて見る方法を試したところ、見えたのです。形がわかれば好きな形に変えることができるので改良できるし、機能を拡張することもできる。大きなブレイクスルーでした。
導電性酵素に電気を流すためには電極に酵素をくっつけるだけではダメで、ある一定の方向につけないと機能しません。形がわかり、構造がわかったことで電極との良い相性を見つけやすくなり、電気の流れやすさが2倍や3倍になりました。そういった基礎的な知見を得たことが、今回のプロジェクトに生きています。

「どこでも・誰でも」使える脱炭素技術にしたい
私には2歳になる子どもがいますが、夏はベビーカーにミニ扇風機をつけないと外出できません。自分が子どもだった頃と比べると、最近の暑さは命の危険を感じるほど。この地球温暖化という社会課題に研究者として向き合いたい。私は企業に勤めた経験があることもあって、基礎的な研究だけでなく解決まで繋げたいという思いがあります。
これまでのエネルギー収支は、トータルでは考えられていませんでした。原油は原油になるまでに数億年の時間がかかりますが、その時間は考慮されてこなかった。だから安かったのです。でも本来は原油を使ったら、その原油が再生されるまでの時間も考慮しなければいけないですよね。これからの時代、酵素を使ってトータルで循環させるシステムの需要は大きいのではないでしょうか。
今回のプロジェクトが成功すれば「どこでも・誰でも使える」脱炭素技術になり、ギ酸やさらにギ酸を活用した有用物質もできる。私が一人で3年間取り組んでも社会を大きく変化させるのは難しいですが、レジ袋のように義務化されたり、企業などが入って「こういう社会が大事だよね」という考えが普及したりすればできることはたくさんあると感じています。多くの方に関わってもらうためには、投資分のメリットを共有できるのかまで考えなければいけない。プロジェクトのカウンターパートである日本総研の知見も借りながら、酵素を使った技術を社会実装するためのエコシステムを作りたいと思っています。