韓国身じまい調査レポート③家庭医学専門医が語る韓国の高齢者医療の現状と課題

少子高齢化

 2025年8月8日から12日にかけて、「誰もが生前・死後の尊厳を保つための持続可能な身じまい・意思決定とその支援」のプロジェクトで、高齢者の意思決定支援についての調査のため、韓国ソウルを訪問しました。調査の概要はこちらの記事をご覧ください。

 8月10日は、家庭医(家庭医学専門医)をされているユン・ジヒョン先生に韓国での家庭医の役割や、高齢期の医療の課題などについて伺い、意見交換を行いました。この記事では、荻野研究員がヒアリングや意見交換の内容についてレポートします。

ソウル市内の喫茶店の個室でのインタビュー風景
(左がユン先生)

 ユン先生は老人医学や慢性疾患のケアを専門とする家庭医で、ソウル市内の高麗大学アナム(安岩)病院に勤務されています。また、院内でのホスピスケアにも携わり、他科の患者さんのペインコントロールについてアドバイスを行う役割も担っておられます。
 なお、同病院は病床約1,000床を有し、3次医療機関として地域の中で高度な医療を担っています。

韓国における家庭医の役割

 はじめに、ユン先生から韓国における家庭医の役割について伺いました。家庭医の最も大きな役割は、病院のゲートキーパーとして、こどもから高齢者まで、幅広い世代のプライマリケアを担うことです。また、「家庭医」という名前の通り、ひとりの患者だけでなく、その家族を含めた全体を診る視点を持っていることも特徴です。ユン先生が所属する高麗大学病院の家庭医学科は、特に老年医学に関心を寄せています。

 韓国の家庭医が病院で担う役割は主に3つあります。1つ目は、まさにゲートキーパーの役割で、初診患者などが大学病院に来院したときに、病因を見極めて、適切な診療科に振り分けます。

 2つ目に、入院中の患者について、各年代の特徴を熟知し、患者全体を診る視点を持つ専門家として、術後の管理や高齢者の原因不明の症状などに対応し、よりよい治療やケアが行えるように助言を行うことです。退院時には、その後の生活に支障がないように、在宅復帰もサポートします。

 3つ目に、疾患の状態が安定して経過観察に移行した患者の外来対応も担っています。定期的に患者を見守り、新たな症状や状態悪化が見られた際には、入院対応の必要性などを判断します。また、外来に来ることが難しい患者には、訪問医療も行っているとのことでした。

 韓国の家庭医と日本の総合診療医は類似していますが、韓国では在宅医療がまだそれほど普及していないことから、とりわけ病院内でのゲートキーパーとしての役割が強い印象を受けました。

 一方で、日本も韓国も、英国などのように各家庭がかかりつけ医(GP)を持っているということはなく、1人の患者が専門科に応じて複数の医療機関にかかっています。また、医療機関の選び方も日本と似ていて、患者自身が行きたい医療機関に自由にアクセスできるため、より高度な医療を求めて、遠方からソウル市内の大学病院などを受診する方も多いそうです。そのため、家庭医を含め、開業医が地域でかかりつけ医の機能を果たすことが難しい状況が課題となっているとのことでした。

高齢期の患者や認知症患者への医療・ケア

 また、ユン先生の日ごろの診療の中で、高齢期の患者や認知症を抱える患者にどのように対応されているかも伺いました。

 家庭医は、その他の科と比べて診療時間を長くとっており、認知機能が低下している患者のニーズを把握したり、家族と話し合ったりする時間を確保しやすいとのことです。また、韓国では、高齢の患者が息子や娘などの家族に配慮した意思決定を行ったり、長男の意見に影響されたりする傾向があるそうで、患者本人のニーズと家族の意見が対立して、医師が板挟みになるようなケースも共有いただきました。こうしたケースに対応する際、意思決定支援に関するガイドラインを各病院が策定しているものの、活用しにくいこともあり、現場の医師や医療チームが悩みながら対応しているとのことです。

 また、韓国でも高齢化が進んでおり、最近は高齢者の「低速老化」が注目されているそうです。低速老化とは、元気な時期をなるべく伸ばし、ゆっくり老いていくことをいいます。家庭医は高齢期の変化を熟知しているため、高齢者が骨折した場合の評価や術後のケア、フレイルの進行状況の把握・改善などでも重要な役割を果たしています。

 他に、韓国の高齢者が抱える問題として、貧困率の高さがあります。韓国では、65歳以上の貧困率が4割近く、経済的事情を背景に高度な病院などにかかることが難しい方もいるそうです。ただし、地域の保健所が低価格で医療を提供する機能を持っているそうで(*1)、経済的に逼迫している高齢者でも保健所に行けば医療を受けることができるとのことでした。

(*1)韓国の地域保健法では、「地域住民に対する診療、健康診断及び慢性疾患等の疾病管理に関する事項」(第11条5(f))で、保健所で診療を提供することが規定されている。日本の地域保健法には該当する規定はなく、日本の保健所は原則として診療を提供することはない。

意思決定支援へのAIの活用

 最後にユン先生と、AIを患者の意思決定支援に活用することについて、意見交換を行いました。日本でも、韓国でも意思決定支援にAIを活用する事例はまだほとんどありませんが、日ごろの診療の記録などをデータ化して、患者や家族のニーズを把握しやすくするプログラムを作ることができるのではないかとの意見が出ました。

 一方で、より発展的な助言を行う意思決定支援AIを作るには、学習データとして利用できる理想的な意思決定支援プロセスを明らかにする必要があります。米国などではすでに手本となる意思決定ガイドが整備されていますが、日本や韓国ではこのようなガイドはまだありません。そのため、まずは、東アジア文化圏の特徴をふまえた望ましい意思決定支援のあり方を検討していく必要があるのではないかという考えが共有されました。

 最後に日韓連携の重要性を確認して、充実したヒアリングを終えました。

その他の関連記事