研究者インタビュー
(京都大学/趙先生)

その他

 「一票の格差」や「一人当たりGDP」など、社会や経済の状態を指標で表すことは広く受け入れられています。ただ、その数値が正しく計算されているのかを問う人は少ないかもしれません。数理モデルの研究を通して「社会格差是正に向けた一人当たり型経済・社会指標の標準化」プロジェクトに取り組んでいる京都大学の趙亮先生に話を聞きました。

趙 亮(ちょう りょう)京都大学大学院教育支援機構・大学院総合生存学館 教授、博士(情報学)。
専門はグラフ・ネットワークアルゴリズム、機械学習などで、情報に着目して分野横断的な研究を行っている。
近年では非比例型一人当たり経済・社会指標の設計に力を入れている。未来智慧研究会を主宰し、情報智慧論を提唱している。

「一票の格差」に抱いた疑問

 国会議員の選挙が終わるといつも「一票の格差」についての新聞記事が出ますよね。大きな社会問題だなと思って関心を持つようになり、ある時、一票の価値がどう計算されるか調べてみました。そうしたら、そもそもの計算式に問題があるのではないかと思ったのです。

 国会議員にはひとりあたり年間1億円を超える税金がかかると考えられ(*1)、なるべく効率的で、必要最小限の議員数にして欲しいというのが国民の考え方だと思います。ただ、あまり人数を削りすぎると国民との距離が遠くなり、十分に国民を代表できない。だから、適切な議員数を計算することがまず必要になります。では、適切な議員数はどのようにして決めたらいいのでしょうか?

図1 世界192ヵ国の国会議員定数(縦軸、両院制の場合はその合計)と人口(横軸)の関係図(両対数スケール)。
回帰分析の結果、議員定数がおおよそ人口の0.39588≒0.4乗に比例することが示されている(実線)。
(出典:趙・谷本・呂 著「第6章 最も好都合な議員定数」、大山 編著「選挙・投票・公共選択の数理」、共立出版、2022年)

 その答えを知るためには、まず次の質問を考えてみましょう。「日本の人口が2倍になったら議員数を2倍にしたほうが良いと思いますか?」と聞くと、ほとんどの方は「2倍もいらないのでは」と答えます。さらに、「日本の人口が半分になったら議員数を半分にしたほうが良いと思いますか?」と聞くと、ほとんどの方は「そこまで減らさなくてもよいのでは?」と答えます。このように、我々の感覚では、適切な議員数というのは、人口と同じ率で増えたり減ったりせず、もっと緩やかな変化をするものと考えます。

 この感覚を裏付ける証拠があります。世界中の国々のデータを統計でみる(専門用語では「回帰分析を行う」)と、議員数がおおよそ人口の0.4乗に比例する傾向が分かります(図1)。しかもこの傾向は、統計のある1970年代から変わっていません。どこの国も自由に議員定数を設定できるようになっているから、0.4乗則は、人間社会が試行錯誤を経て見出した適切な議員定数と考えることができます。従って、人口が2倍になったら議員数がおおよそ20.4≒1.32倍、人口が半分になったら議員数がおおよそ(0.5)0.4≒0.76倍にしたら良いという(ゆるやかな)計算になります。さらに、2070年の日本の人口は、いまの7割(つまり3割減)と推定されている(国立社会保障・人口問題研究所、令和5年推計)ので、そのときの議員定数は、いまの(0.7)0.4≒0.87倍(1.3割減)がよいという計算になります(*2)。

 さて、仮に適切な議員数が人口の0.4乗に比例するとして、それが一票の格差とどう関係するの?と思いますよね。その関係を示すためには、BMI(ボディマスインデクス)の設計を説明しましょう。BMIは、肥満度や適性体重の判定に使われる国際的な指標で、「体重÷身長の2乗」をして数字を出すのですが、なぜ1乗でもなく3乗でもないのか。その理由は、(労働人口の)体重の変化と身長の2乗の変化とがだいたい同じ率で推移する傾向があるので、スケールを揃えるために2乗にするのです。

 一方、「一票の格差」の計算式では、たとえば京都府の人口に対して何議席が割り当てられたかを割り算して「〇人当たり1議席」という数字を出します(有権者数を使う場合もありますが、記述を簡単にするため「人口」を用います。)。他の都道府県の数字と比較して差があると「法の下に平等とはいえない」として問題になるわけです。ここで使っている計算式「議員定数÷人口」では、議員定数と人口の間にどういうスケール関係があるかは考慮されていませんね。適切な議員定数が人口の0.4乗のスケールで推移することを踏まえると、平等かを判断するためには、式「議員定数÷人口」ではなくて、「議員定数÷人口の0.4乗」を使わなければなりません。ただし、この式は人口当たりになっていないため、我々は、等価な人口当たりの式「議員定数2.5÷人口」を提案しています。

 しかし、これまでのやり方を変えるのは非常にハードルが高いです。どのようにしたら皆さんに納得してもらえるか、引き続き検討していきたいと思っています。

(*1)「国会所管一般会計算出予算各目明細書」「政党交付金使途等報告書等」より算出
(*2)趙亮「国会・議会・一票の格差・蟻・BMI」、京大広報 No.775、p6010、2024年7月

社会にとって公平な仕組みを作りたい

 「一人当たりGDP(Gross Domestic Product=国内総生産)」や「一人当たりGNI(Gross National Income=国民総所得)」などの経済的な指標も同じような設計上の問題を抱えていると考えます。私は今回のプロジェクトで新しい指標を提案し、社会の実態をより正確に評価したいと考えています。そうすることで有効な経済的支援策につなげられたり、企業をより正確に分析して投資に活かしたりできます。社会にとって、より公平でより効率的な仕組みを作りたいのです。

 一人当たり型指標の課題解決について私が強いモチベーションを持ったのは、コロナ禍でワクチン価格について抱いた疑問がきっかけです。2022年当時、ファイザー製ワクチンの単価は先進国では250ドル、低収入の国では25ドルでした(*3)。どのように線引きしているのかが気になって調べたところ、世界銀行が決めた、一人当たりGNIを使った基準になっていました(*4)。しかしGNIの計算式もスケールの変化が加味されていないため問題があるかもしれません。私は、スケールの変化を加味して試算したところ、いくつかの国において、順位(従ってワクチンの単価)が逆転している現象が確認できました。

(*3)https://www.oxfam.org.uk/mc/3znbqg/
(*4)https://www.pfizer.com/news/press-release/press-release-detail/pfizer-supply-global-fund-6-million-paxlovidtm-treatment

認められるまでに100年かかっても

 社会現象を定量的に観察するためには、なんらかの指標が必要です。だから一票の価値や一人当たりGDPのような指標が使われてきたわけですが、それらの指標について深くは考えられてこなかったというのが実情です。

 かつては「重い物体ほど早く落下する」と二千年の間、信じられていましたが、ガリレオらは実際に実験して異なることを示しました。私も、ガリレオらと同じく、当たり前だと考えられていることに対してももっと深く考えようとしています。

 一票の格差や一人当たり型指標に関しては、既存の測り方を疑問なく受け入れている人も多く、私が提案する考え方をすぐに理解し、受け入れてもらうのは難しそうです。最初は批判もあるでしょう。

 それでも、私はこのプロジェクトに非常に熱い思いを持っています。初めて一票の格差に注目してメモのようなものを書いたのはもう十何年前ですが、総合生存学館の学生やSMBC京大スタジオのプロジェクトの関係者と話していると「時間をかければ理解してもらえるのではないか」と思うようになり、自信が出てきました。認められるまでに100年ぐらいかかるかもしれませんが、非常に面白く重要な研究だと思いますので、むしろ批判を歓迎しております。自由な学風を持つ京都大学ならではの研究にしていきたいと思っています。

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