医療現場では、人員不足や過重労働のために患者の救命が間に合わない「防ぎ得た死(preventable death)」が少なからず発生しています。この課題を解決するため、京都大学大学院情報学研究科の博士課程に在籍しながら大阪急性期・総合医療センターに救急医として勤務する岡田直己さんは医師の負担を減らす取り組みを始めました。SMBC京大スタジオで共同代表として進めるプロジェクトは「日本の診療現場に最適化された国産の医療特化型言語AIモデルの社会実装」。研修医の頃から課題だと感じていたという状況や解決の糸口について話を聞きました。

手術を終え、夜中に書類作成
僕たち医師の就業時間は午後5時までですが、診療業務がその時間に終わることはなく、午後8時か9時ぐらいまで働くことも多いです。そして、診療業務が終わった後に書類を作ります。
たとえば交通事故で運ばれてきて、手術後に入院した患者さんがいたとします。どういう病歴があり、事故によってどこを怪我してどれくらいの出血量があったのか。どういう処置をして、貧血の進行具合はどれくらいで、輸血をどれくらいしたのか。その効果はどれほどあったのかーー。入院期間が2ヶ月だったとしたら、毎日の経過と処置、その結果を60日分書く必要があります。
データが入っているファイルは一つではないので、それぞれのファイルを一つずつ開いて数値を手打ちで入れていきます。病院によっては書類作成をしてくれる担当者がいますが、公立病院である大阪急性期・総合医療センターでは医師がやっています。
診療業務の合間にやれたらいいですが、診療には「合間」がありません。だからみんな、業務の終わった夜の9時ごろから書類を作ることになります。夜に手術が入ると日をまたぐこともあるので、そうすると家に帰ることを諦めて朝まで作業することもあります。いろいろ諦めて、普通ではない解決をするしかないのです。
「防ぎ得た死」をなくしたい
こういう状況をなんとかしたいというのは研修医の頃から感じていました。死ぬ気で働いていますが、それでも体力はどんどん削られていきます。ベストの状態でする診療と、そうではないコンディションでする診療とでは全然違います。余力がない状態のところに患者さんが運ばれてきて、瞬発的な判断が少し遅れて亡くなるということは絶対に避けなければなりません。
近年の医療現場では「防ぎ得た死(preventable death)」が少なからず発生していますが、この理由は人員不足だけではなく、医療従事者の業務負担が過大だから起きてしまう場合もあります。限りある人員で医療をサステナブル(持続可能)なものにしていくためには、情報技術を使った業務改革(DX)が不可欠です。
医師が日々向き合っている厄介ごとをなくすことができれば、もっと救命率が上がるのではないかと感じ、2020年にエンジニアの友人と起業しました。会社の使命として「eliminating preventable death by using technologies(技術により、防ぎ得た死をなくす)」を掲げ、画像診断AI「ERATS」や医療文書作成支援AI「CartAI」を開発しました。ERATSは患者さんのCT画像をAIが解析して損傷部位を特定する仕組み、CartAIは、院内のあらゆる診療情報の中から重要な情報を集約し、紹介状や退院サマリなどの文書を出力するものです。僕自身もこれまで現場や個人の研究で培ってきた知識だけではなく、AIや情報学についてさらに理解を深める必要があると考え、2023年に京都大学情報学研究科博士課程に入りました。
近年、医療現場においては高齢化が進み高齢患者さんが増えています。高齢患者さんは複数の疾患を抱えている方も多いため、症状詳記や紹介状などといった医療文書の作成は複雑で難易度が高くなり、時間もかかっています。今回のプロジェクトでは、このような高齢患者さんを対象として、CartAIをベースとした救急現場における症状詳記の作成を支援する言語AIモデルを開発し、そこから他の医療文書や他の診療科への展開を目指します。
高齢患者さんの場合、退院後の継続的な治療やリハビリ、介護を適切に行うことが重要です。ただ、「家がない」とか「家には誰もいないからずっと病院で面倒を診てほしい」という方もいます。病院としては退院してもらわないといけないけど、介護側がすべて引き受けると今度は介護現場が破綻します。
解決しないといけないことはたくさんありますが、まずは自分の持ち場の仕事を最適化した上で自分が関われる範囲を少しずつ広げていくことを目指したいと思っています。

「自分に診てほしい」と思える医師でありたい
いま作ろうとしている言語AIモデルができれば、時には3時間もかかる文書作成が5分ほどでできるようになります。汎用性のあるものにしようと考えているので、この病院で役立つものができれば他の医療機関でも必ず役に立つはずです。完成したら裾野を広げていきたいと考えています。今回のプロジェクトでは日本総研の齊木大さんと組んでやるので、広げることにモチベーションを持ってくれているパートナーがいるというのは心強いです。
「もし自分が患者だったら僕自身に診てほしい」と思えるぐらいのクオリティの医師でいたいし、40代、50代になっても働き続けられるような環境を作りたいです。文書作成をAIに任せられるようになったら、休んだり本を読んだりする時間を取りたいですね。時間に余裕があれば研究してみたいことがある医師もいると思うし、そういう余裕が生むプラスの効果はとても大きいのではないでしょうか。医師が本来の力を存分に発揮し、臨床だけでなく研究にも挑戦し続けられる。そういう世の中になればいいな、と思っています。