人口が急激に減りつつある日本社会では医療や看護、介護人材が足りなくなっています。それぞれの専門家が積み重ねてきた知見を、AIの力を使って共通の言語にできないかーー。そんな願いを持って始まった「日本の診療現場に最適化された国産の医療特化型言語AIモデルの社会実装」プロジェクトの共同代表を務める日本総合研究所創発戦略センターの齊木大研究員に、これまでの研究内容や思い描く未来について聞きました。

人口減少社会、「総がかり」で隙間を埋める
日本の人口減少は2011年ごろから始まり、2024年は年間約90万人と過去最大の減少でした。人口推計でいくと2030年代はさらに加速してマイナス100万人ペースになると見込まれています。世界的にも例を見ない急速な変化に直面しなければいけない時期がやってくるのです。
高齢患者の急増により、救命に始まる急性期から長期的にリハビリテーションを行う生活期までの一連の医療をいかにサステナブル(持続可能)なものにするのかが喫緊の課題になっています。
高齢患者の医療・介護はこれまで医療は医療、介護は介護の専門職がそれぞれ担ってきました。まだ高齢化率がさほど高くない時には、それぞれが専門性を深められるので役割分担することは良かったのですが、社会が縮小していく局面では分担するほどの需要が無くなってしまったり、あるいは各分野に担い手を配置することができなくなったりして、システムがまわらなくなります。これを乗り切るためには一人一人が扱う領域を広げていかなければいけません。つまり、これまでの分担を超え、様々な専門職が「総がかり」で領域間の隙間を埋める必要があります。
今回のプロジェクトでは、これまで専門家たちが培ってきた知見が基となる診療現場の情報を集約・整理し、医師との対話により知識を獲得しながら医療文書を半自動作成する言語AIモデルの開発を進めます。
退院時のケアを突破口にして再入院を防ぎたい
高齢患者さんが入院すると、医師や看護師、薬剤師など多くの専門職によって管理された環境に置かれます。そして退院が近づくと少しずつ専門職の手が離れていきます。退院後は患者さん自身がリハビリをしたり薬を飲み続けたりしなければ再発の可能性が高くなり、病院に戻ってくることになってしまう。
医療従事者の限られたリソースを本質的課題の解決に振り向けられなければ、患者の救命が間に合わない事態(preventable death:防ぎ得た死)が発生します。ご本人が自宅で暮らし続けるためにも、また医療や看護の担い手が足りない社会の持続性を確保するためにも、再発予防が大事なのです。そのため、退院した時のケアを突破口にして再入院を防ぎたいと思っています。
病院では症状詳記や紹介状など多様な医療文書を作成します。患者さんが退院する際には、地域への申し送り文書も作ります。多くの文書では「病院ではこういう治療をした」ということのみが書かれますが、「こういうケアや支援があると良いですよ。こんな具体的なやり方がありますよ」という病院での治療から日常生活のケアへ繋げる視点での情報も盛り込まれていれば、地域で介護を担う人たちは「私はこれができる」「あの人の力を借りよう」と考えやすくなります。
とはいえ、このような文書を人間が丁寧に書くと時間がかかります。そのため、このプロジェクトではAIの力を借りながら「様々な専門職が力を出しやすいようなドキュメント」を作れるようにしたいのです。

専門職同士が連携するための共通言語を作りたい
私がこれまでに行ってきた研究の中に「適切なケアマネジメント手法」(*1)の整備があります。ケアマネジメントというのは医学、看護、薬、リハビリ、メンタル、栄養といった、ありとあらゆる領域からケアされる人の生活全体を組み立てるもの。多職種が円滑に連携しやすくするため、想定される支援を体系化し、必要性や具体化を検討するためのアセスメントやモニタリングの項目を整理しようと考えました。こうしてできたのが「適切なケアマネジメント手法」です。
それぞれの専門領域でのガイドラインを基にしながら、ケアマネジャーの方たちから「こういうものがあれば他の職種ともコミュニケーションがしやすくなるよね」といった意見をいただいて作りました。専門職同士が連携するための共通言語になればと願っています。
今回のプロジェクトでは、この「適切なケアマネジメント手法」をベースにします。「Aさんのためにはどういう情報を抽出して、どういうケアをしたらいいのか」を考える際に、AIを使って情報を取捨選択します。それをもとに文書を作れるようにするのです。
これまでは医療文書は「専門家から専門家に渡すもの」という考え方でしたが、分かりやすいものにして患者さん本人も手にできるようにすればいいのでは、と考えています。
今回は、救急医をしながら京都大学大学院情報学研究科博士課程に在籍する岡田直己さんと一緒にプロジェクトを進めています。岡田さんから話を聞いたところ、作成しなければいけない文書量の多さが想像していた以上でした。医師の負担を軽くしたいし、病院側と地域側をうまくつなぐことにも寄与したい。救急の医師が「こういうところに気をつけてほしい」と考えていることがきちんと地域側に伝われば、それが再発予防になる。退院後の再入院を減らすことに一役買えたらいいな、と期待しています。
(*1)「適切なケアマネジメント手法」についてはこちらを参照。
(日本総研のホームページに移行します)