「誰もが生前・死後の尊厳を保つための持続可能な身じまい・意思決定とその支援」のプロジェクトでは、身じまいについて自分事として考え、議論するムーブメントを作ることを目指しています。
プロジェクトの一環として、2025年11月27日(木)に、HOOPSLINK KANSAIにおいて、「幸せな『人生のしまい方』を話し合おう!〜タツトリ?ノトナレ? あなたはどっち?〜」と題した対話会を開催しました。
イベントには、10代から60代までの幅広い年齢層の方々が参加され、「タツトリ」、「ノトナレ」の2つのタイプをヒントに、「人生のしまい方」について語り合いました。
こちらの記事では、イベントにおける専門家からの情報提供、グループでの対話の様子をお送りいたします。

情報提供①:幸せな「人生のしまい方」を考えるために知っておきたいこと「おひとりさま問題」(日本総研/沢村香苗)
最初の情報提供として、沢村研究員から、「おひとりさま問題」をテーマに、高齢期から死後にかけて個人が直面する困難の全体像を説明いただきました。
現代社会においては、世帯の縮小と長寿化が進む中で、家族機能の弱体化が進行しています。その結果、たとえ家族がいても「老後の面倒を見る」余力がない状態にあり、一人に変化が起こると、複数人世帯であっても全員が「おひとりさま」状態になりうるという点を指摘されました。
また、医療や介護サービスに関する選択肢が増えることで、かえってそれを選ぶ負担が大きくなっていること、連絡先が固定電話から個人単位のスマートフォンになったことで、第三者による親族への連絡に多大な手間がかかる事例などが紹介されました。沢村研究員は、かつては生活における大小の用事は身近にいる家族が担ってくれていたと指摘します。現代ではそれが成り立たなくなってしまっており、誰もが頼れる人のいない「孤」になるリスクを抱えながらも何をしてよいかわからず困っているという現状に警鐘を鳴らしました。

情報提供②:幸せな「人生のしまい方」って?研究紹介(京都大学/児玉聡)
続いて、児玉先生からは本プロジェクトを紹介いただきました。本プロジェクトは、「人生の身じまいの段階において個々人の尊厳を保ち、ありたい姿を実現するための意思決定の支え方を考える」ことを目標としています。
児玉先生は、これまでの対話会から分かってきたこととして、老後や死後を支援してくれるサービスの利用に対する価値観は、職種や年代、経験などによって異なることをお話されました。多くの人が老後の身じまいや終活については後回しにしがちであるという現状を踏まえ、自分事として考えられるよう、身じまいに向けた気持ちや行動のあり方を可視化するツールとして「タツトリ」と「ノトナレ」の2つのタイプを提示しました。「タツトリ」は「立つ鳥跡を濁さず」の傾向を持つ人、「ノトナレ」は「後は野となれ山となれ」の傾向を持つ人を指します(それぞれの詳細はこちらの記事をご覧ください)。

世代や立場を超えた「人生のしまい方」対話
情報提供後、「タツトリ」と「ノトナレ」の2タイプをヒントにグループでの対話を行いました。まず、気持ちの面と実際の行動の面のそれぞれで、自分を「タツトリ」、「ノトナレ」のどちらに分類できるかを考えてもらい、その分類をもとに活発な意見交換がなされました。
対話では、世代や経験による違いが明らかになりました。気持ちの面ではしっかり準備をしたいと考えている「タツトリ」ですが、実際の行動には移せておらず「ノトナレ」となっている人が過半数でした。一方で、気持ちの面では「ノトナレ」だが、行動の面で周囲のプレッシャーから「タツトリ」となっている人もいるといった、現代的な状況が共有されました。また、親が「タツトリ」で、その身じまいの経験から自分も「タツトリ」になったとの体験談も紹介されました。さらに、お墓をきっかけで死について考えるようになったなど、年代や立場の違いを超えて「人生のしまい方」について真剣に考えを深める貴重な時間となりました。
参加者からは、「他人や身内と話すきっかけになる」「ノトナレとタツトリの2分類で分けることで気楽に話すきっかけになる」といった感想も寄せられました。
まとめとプロジェクト代表からのメッセージ
本イベントは「タツトリ」「ノトナレ」を用いた初めての対話会となりました。本イベントを通じて、「おひとりさま」リスクが誰にとっても身近な問題であること、そして、身じまいについて考えるために「タツトリ」「ノトナレ」という分類が有効であることを認識する貴重な機会となりました。
京都大学/児玉聡
今回は「タツトリ」「ノトナレ」という2分類に分けての対話でしたが、気持ちの面だけで考えても「タツノト(タツトリ+ノトナレ)」などの人がいるように、人は完全に0か1にはなりません。対話を通じてそのことを改めて認識しました。また、死に「備える」ということは重要ですが、備えるのが間に合わない人たちを自己責任として切って捨てない社会、おおらかな「ノトナレ」の人も孤立せず生きていける包摂的な社会こそが目指すべき社会だと考え、そうした社会のあり方も今後探求していきたいと思います。
日本総研/沢村香苗
どうやったら身じまいについて社会として取り組めるか、それを皆で話す際のツールとして「タツトリ」「ノトナレ」というワードが有効だと感じました。今後もこのような機会を通じて、身じまいや死についてカジュアルに話し、新たな人生イメージを作れたらよいなと思います。

事務局からのメッセージ
本イベントにご参加いただきました皆様、誠にありがとうございました。幸せな「人生のしまい方」に唯一の正解はありません。本プロジェクトは、この分類をきっかけとして、一人ひとりがご自身の状況や価値観に基づき、後回しにしがちな「身じまい」について具体的に考え、話し合うムーブメントを社会に広げていくことを目指します。