大学では日々さまざまな研究が行われています。それらの研究成果が社会に広がることで、世の中は大きく変わる可能性があります。京都大学大学院農学研究科の宋和慶盛先生と共に「酵素を活用したどこでも誰でも使えるCO2資源化技術の開発・実装」プロジェクトに取り組む日本総合研究所創発戦略センターの野田賢二研究員に話を聞きました。

研究を社会に広めるための枠組みをつくる
宋和先生は酵素を使うことで圧倒的に低エネルギーでCO2を有用物質に変換する可能性を秘めた「バイオものづくり」の研究をしておられて、すごく面白いと思っています。化石燃料に過度に依存しない社会をつくるためにはこのような新しい技術が必要です。
私が所属する創発戦略センターは、ありたい社会像を示し、産官学民などのさまざまな方々との共創の場づくりと運営を通じて、課題解決のソリューションを創出する部署です。今回の取組における私の役割は、まずは技術の特徴や先生方の想いを理解すること。そしてその技術をどのようなところに活用できるのかを整理した上で、連携できる可能性がある人や企業を探し、チームを組んで社会実装の枠組みをつくることです。
社会的には価値がある研究でも経済システムにうまく合致しなかったり、しばらくは投資が必要だったりすることもあります。その場合には政府や省庁による支援やルールメイクが必要になります。今回のプロジェクトでも、様々な企業や自治体と連携しながらものの循環の構造を変えたいと考えています。
産・学・官の間を埋める大切さ
私は子どもの頃からイカなど海の生物が大好きでした。大学では研究の魔力にとりつかれ、大学院を出た後に研究職で化粧品会社に入りました。多くの研究者に接して気づいたことがあります。すごく面白い研究をしているのに、その面白さが周囲に伝わっていない人がいるのです。マネジメントなどに価値があるテーマだと理解してもらわなければ研究を始められないことや進めにくくなることもあるので、私が間に入って伝えるようにすることもありました。
大学と企業では価値観が違っていたり、異なる言葉を使ったりしますよね。だから産学連携においては、その間を埋めるために翻訳したり、人を繋いだりする役割がとても大事になります。でも日本では産と学の間のギャップが十分につながっていないのが現状です。
米国は建国の歴史からも「フロンティアで新しいものをつくっていくんだ」という実用主義が強くて、大学の中で応用研究までやっていたりします。欧州の大学は基礎科学志向が強いですが、企業との間に開発研究機関が設置されています。一方、日本では基礎科学志向の高い大学と企業の間が開いてしまっている。地域ぐるみでの産官学民での連携やスタートアップ支援など様々な活動によってその接続は大きく変わってきていますが、それらを含めて日本ならではのやり方を見つけないといけないと考えています。

「大学」という場を盛り上げたい
私は企業で働きだしてから「組織や社会はどうあるべきなのか」に関心を持ち、研究戦略などをつくる仕事をするようになりました。働きながら通信制の大学に入って哲学関連の勉強もしたのですが、その時に「社会に出てからこそ気づく問題は多いのに、大学は20歳前後の人だけが学ぶ場所になってしまっている」と感じました。
今の社会は、一つの基準に押し込めようという流れになっている気がします。大学はそれぞれの個を尊重して考えたり、人と異なる意見を言えたりする場だと思うし、新たな問題に出会った時に学び直せる場所という意味でも大切だと感じます。今回のプロジェクトを通して、大学という場がもっと盛り上がってくれたらいいなという思いもあります。
大学が存続するためには自由な発想に基づく研究が進むことはもちろんですが、少なくとも一部ではそれが社会に役立つなどの意味があるということを説明しなければいけません。でも、その社会への発信やそのための翻訳作業を大学の研究者がやるのは時間的にも費用的にも大きなコストがかかります。私のように中間にいる存在が折り合いをつけながら動くことで、多様な人が様々な関心に基づいて探究活動ができる場所として大学が保たれていって欲しい。宋和先生の技術が活かされることによって大学の価値が上がったり、研究者が研究に没頭できるような環境ができたり、次世代の人が関心を持ってくれたりすることを願っています。
最近、多くの人が「SNSを見始めたら30分たっていたけど、なんだか虚しい」とか「何のために働いているか分からない」というようなことを経験しているように感じます。それは私たちが社会の歯車になり、消費ばかりの人生になっているからなのではないかと思うのです。大学は学ぶだけでなく自ら新たな知を生み出す場所だと思います。大学にこれまで以上に様々な人が参加することで、消費構造から抜け出して新しい価値観やものごとを作れるようになって、「いろんなスタンダードがある」という前提で生きられるようになれば、もっと前向きで楽しい世の中になるのではないかと思っています。