日本では、桜の開花宣言や初冠雪の発表から季節の移り変わりを感じる人が多いのではないでしょうか。これを支えているのがモニタリングの仕組み。ただ、陸域環境に比べて海域ではモニタリングの仕組み自体が十分に浸透していないといいます。「漁業者協働の海洋環境モニタリング:効率的な漁業と効果的な資源管理の同時解決」に取り組む京都大学生存圏研究所 松葉史紗子先生に話を聞きました。

自然環境の保護・保全を支える「記録」という営み
生き物や自然が好きな人だけが保全に取り組むのではなく、たとえ普段は保全を意識して暮らしていなくても、自然が守られるためにはどのような仕組みが必要なのかを、ずっと考えてきました。そのためには、保全の対象となる生態系や生き物を研究するだけではなく、保全に関わる人間社会の仕組みをどう設計するかも考えなければいけないと思っています。こうした考え方の背景には、私自身が現在は生態学を軸に保全に関する研究に携わりながらも、学部時代は経営科学を学び、「自然が好きなナチュラリスト」というより、人と自然の関係や制度設計に関心を持ってきたことがあるのだと思います。
保全を科学的に支えるためにはデータは欠かせない要素のひとつです。たとえば私たちが2024年に出版した論文(*1)では、40年近く前からの蓄積データを解析することで絶滅危惧維管束植物種の保全に役立つ統計モデルを開発しました。長期にわたる「記録」があるからこそ分かること、できることは多いのです。
「気候変動や環境攪乱の影響で海の様子が変わってきた」という声は最前線で環境に向き合ってきた漁業者の方々からもしばしば伺います。漁業者の方々は、日々変化する海況を読み、これまでの経験知やときには魚群探知機などの技術を駆使しながら漁業活動を行っています。しかし、現代の海洋環境の変化は、従来の経験だけでは見通しづらい局面も生み出しつつあるように感じています。そこで、漁業者の方々と研究者が協働することで海の中を定量的に把握し、科学的な分析・解析と組み合わせることで、現場の意思決定を支えていく知見を生み出すことができないかと考えています。
とりわけ、気候変動のように長期に及ぶ影響を適切に捉えるには、長い期間にわたって記録を取り続ける必要があります。しかし日本では公的な支援だけでは長期モニタリングの体制が十分とはいいがたい場面が多く、モニタリングが相対的に進んでいる陸域環境でも、たとえば生物季節の観測対象は大きく減少しているのが現状です。
その空白を埋めるかたちで、市民の力を借りた調査・観測することも年々増えていて。データの蓄積に大きく貢献しています。ただ、海の場合は一般の人がアクセスできる場所が限られます。水深200メートルよりも深い場所だと専門機関が観測していますし、水深数十メートルまでであればダイビングでの目視も可能です。しかし、その間に位置する水深40₋100m前後の沿岸域は、多くの海域でデータが限られており、モニタリングの「空白域」とされることが少なくありません。市町村別や漁港別の漁獲量のような水揚げデータはあっても、海の中の状態そのものについては、なおわからないことが多く残されています。
沿岸域は漁業をはじめとする人間活動の影響が無視できない環境であるにもかかわらず、陸域に比べるとアクセスがしづらいために、観測が十分とは言えません。そこで、人の目が届きにくい海の中を、機械の目の力も借りて見えるようにし、長期的な「記録」として残していく試みを始めたいと考えました。
(*1)Matsuba, M., Fukasawa, K., Aoki, S., Akasaka, M., & Ishihama, F. (2024). Scalable phylogenetic Gaussian process models improve the detectability of environmental signals on local extinctions for many Red List species. Methods in Ecology and Evolution, 15, 756–768.
経験知とデータの融合で持続的な漁業を目指して
漁業を例に見ても、環境変動や環境攪乱の影響はすでに各地で報告されるようになってきています。漁獲規制をしている種も増えていますが、沿岸での小規模漁業の場合は、遠洋や大規模漁業に比べると、単独の漁業が資源全体を過剰に利用するケースはこれまでのところ限られています。一方で、沿岸資源は環境変動や局所的な漁獲の偏りによって急激に変動しうるもろさも抱えています。
また、資源評価の対象となってきた種であっても環境変動の影響を体系的に組み込んだ評価や将来のシナリオを踏まえた検討は十分とは言えません。観測データや現場の知見が蓄積されてくれば、「Aという種は現在の環境が続けば減少リスクが高い一方で、Bという種はこの海域では比較的安定しやすい」といった傾向やリスクを、環境変動と紐づけて議論できるようになります。そうした将来の変化の可能性と不確実性を共有しながら、長期的な視野で漁業のあり方を考えていくことが重要だと思います。
プロジェクトでは、対馬の漁業者さんと協働で観測に取り組んでいます。海を長年見てきた漁業者さんが海況を読み、これまでの経験知から魚のいそうな場所、あるいはいなそうな場所を一緒に考えてくださるからこそ、限られた時間と予算の中で意味のある観測ができます。その意味で、海での観測は漁業者の方がいて初めて成り立つ営みだと感じています。
得られたデータは研究者が解析するだけでなく、その途中経過や結果を漁業者の方と対話しながら共有し、現場の感覚とすり合わせていきたいと考えています。そうした循環を通じて、資源管理や保全と燃油や時間の無駄を減らすという意味での、効率的な操業の両方を支え、変動の大きい環境下での持続的な漁業に貢献できればと思います。

「海中の地図」をつくりたい
対馬で観測をしていて最近興味深く感じたのは、水中ドローンの映像に対馬が北限だと言われている種が映っていたことです。この種は温暖化によって分布域がこれからもどんどん変わっていくとして注目されています。漁業者の方は「釣ったことはないけど、いるというのは知っていた」とおっしゃっていました。このような種を映像で捉えられることで、北限がどのように遷移していくのかが環境の変化と合わせて議論しやすくなると思っています。
私は、モニタリングはその土地の「自然インフラ」、つまり海や生き物といった自然環境を長く使い続けるための基盤を整える営みだと考えています。陸であれば、目の前にどのような環境が広がっているのか見えやすく、地図を開けば道路や建物、緑地の詳細な配置がわかりますが、海の中はまだ同じようには見えていません。どんな生物がどこに暮らし、どんな海底環境が広がっているのか。こうした自然環境そのものが、漁業やわたしたちの暮らしを長く支える自然インフラの一部です。モニタリングによってそれらを継続的に記録し、「海中の地図」として可視化していくことは、地域みんなで共有できる海の基盤情報=共通資産を育てていくことでもあります。その海の見取り図があるからこそ、資源管理や、防災、観光など、さまざまな意思決定を、経験とデータの両方に基づいて行えるようにし、地域の強みに変えていけるのだと思います。
映像データは数値データ(例えば、生物をカウントして個体数として記録したデータ)とは違って、その価値が将来的に発掘される可能性があります。たとえば、今回のプロジェクトでは、水産有用種を中心としてデータ整備を進めていますが、映像には様々な生物種や海底地形の様子が映ります。こうした映像データが様々な人の目に触れることで、さらに価値が高まると期待しています。気候変動といった環境が急激に変わっている現代だからこそ、変化が起きている最中の記録を残しておくことは重要です。記録は後戻りして取り直すことができないので、取り組むのは早ければ早いほうが良いですし、技術が発展した今だからできることも多い。生物観測に特化したような水中ドローンがあれば観測の可能性が拡がるので、技術開発に強い企業などに入ってもらうことも考えたいですね。