2025年11月28日・29日、武蔵野美術大学が運営するソーシャルクリエイティブ研究所と日本総研は、「Ichigaya Innovation Days 2025~参加型の未来~」を開催しました。その中で、日本総研の企画セミナーに「貧困・格差・虐待の連鎖を乗り越える教育アプローチの研究開発と普及」プロジェクトのメンバーが登壇し、「学校における共創の光と影 ー伴走・共創とその先ー」と題してSMBC京大スタジオでの研究について議論を行いました。プロジェクト代表の日本総研/山本尚毅研究員が議論の要点や得られた示唆をレポートします。
要旨
21世紀に入り、学校は外に開かれ、外部組織との連携が重要視されています。しかし、その実現はスムーズにはいかず、文化の違いによる認識のずれや制度的な障壁が存在します。異なる文化を持つ学校と企業はどのように協力し、共創していくべきなのでしょうか。セミナーでは、教育と企業の接点で活動する株式会社コンセントのサービスデザイナー/アートディレクターの高石有美子氏、日本総研/瀬名波雅子研究員とともに、文化の異なる組織との連携方法、コレクティブインパクトの概念、そして「伴走」と「共創」の違いと関係について議論しました。
詳細として、以下に当日の議論の要点を3つにまとめました。
1.コレクティブインパクトの深化と「当事者性」
異なるセクターが連携する「コレクティブインパクト」は、2011年にジョン・カニア氏とマーク・クラマー氏がスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビューで発表した概念です。異なるセクターが効果的かつ長期的に連携するための条件とプロセスを示したもので、世界中に大きな影響を与えました。コレクティブインパクトの重要な条件として、以下の5つが挙げられます。

そして、2022年、コレクティブインパクトの従来のコンセプトが大きく改訂されました。それまでの取り組みを振り返り、うまくいかなかったことの反省をふまえて、新しい定義が加わりました。キーワードは「エクイティ(公平性)の向上」と「コミュニティの声」です。新しいコレクティブインパクトの定義ではこれらを取り組みの中心に据え、支援者側が決めた正解を推し進めるのではなく、課題の当事者である人々と共に動き真の変化を生むことを重視する方向へ変容しました。

2.学校への伴走と共創、その役割の違い
学校と企業の間での共創の場面は増えています。しかし、共創の前段階で必要な対話が欠けていることが多くあります。学校側は多忙であり、また企業など学校以外の組織の事情への理解が不足し、外部の連携者に適切なディレクションがしづらい状況にあります。全部おまかせといったような丸投げのような状況となったり、外部者が行おうとしている授業の意図が十分に伝わり切っておらず、カリキュラムがある程度進行したタイミングでコンフリクトが生じることが往々にしてあります。また、学校と企業がお互いにプロフェッショナルとして対等なやりとりをすることが望ましいのですが、学校が支払える謝金にも限りがあり、双方にわだかまりや不満がたまりやすい構造にあります。
これを打破する一つの方向性として、学校に外部から関わるときに単純に授業や講義を請け負うのではなく、また、単純に外部から持ち込まれたカリキュラムの実行者になるのではない、学校の教員が「授業を作る喜び」やカリキュラムを設計することに伴走するアプローチが検討されました。その際に、伴走と共創の違いが議論となりました。登壇者3名は、それぞれを以下のように捉えています。
伴走:編集者のように相手の「本当の望み」を引き出し、一定期間寄り添うことで、相手が最終的に自律して動ける状態を目指すこと。
共創:フラットな関係で互いの強みを出し合い、共通の目的(旗)に向かって能動的に作り上げていくこと。
これら2つを適切に使い分け、時には「共創のための伴走」というハイブリッドな形があることも見えてきました。
3.文化や組織の壁を超える「ぬるっとした人」の必要性
学校と民間企業では、同じ「業務委託」や「アウトプット」という言葉を使っていても、その解釈や時間軸が大きく異なります。この言語・文化のギャップを埋める「翻訳者」の存在が、組織間のスムーズな連携には必要不可欠なことは言うまでもありません。しかし、組織の理論や肩書きを前提に翻訳や対話をしても、真の共創は生まれません。組織人としての肩書を棚にあげつつ、個人の関心や問題意識をじんわりと語る「ぬるっとした人」が、組織の隙間に入り込み、壁を溶かしていく鍵となると考えられました。
登壇を終えて -「『生きる』教育」実践への示唆-
今回のセミナーの議論の中で特に注目すべきは、異文化間のぬるっとした存在としての翻訳者でした。この存在は、「『生きる』教育」を広げていくために現在、研究している伴走についても、その立場になる人に求められるキャラクターや資質と一致する可能性があります。
「『生きる』教育」を学校ぐるみで実践する場合、教員が共通の目的に向かって共創することが求められます。教員は自分が関わりを持つ子どもたちと向き合う中で、それぞれに異なる問題意識を持つ場合も多く、時には他の教員との間に壁が生じていることもあります。この壁を溶かし真の共創を生み出す「ぬるっとした人」が必要で、それが伴走者の果たす役割だと考えられます。今回の議論を受けて、伴走者の人物像について検討していきます。