2025年8月8日から12日にかけて、「誰もが生前・死後の尊厳を保つための持続可能な身じまい・意思決定とその支援」のプロジェクトで、高齢者の意思決定支援についての調査のため、韓国ソウルを訪問しました。調査の概要はこちらの記事をご覧ください。
調査全体を振り返り、プロジェクト代表者の児玉先生と沢村研究員に、韓国での学びを語っていただきました。
独自の発展を遂げる韓国の法律
(児玉)韓国の65歳以上人口の割合は、2024年時点で20.3%です(*1)。日本は29.3%(*1)なので、高齢化は日本の方が進んでいると言えます。しかし韓国では近年少子化が急激に進んでおり、今後高齢人口比率が一気に上がってくるだろうと言われています。
韓国は、一足先に高齢化を経験している日本を参考にしながら政策や制度を作ってきました。例えば統合ケア支援法は、日本の地域包括ケアシステムを参考にして作られたと聞いています(レポート⑤を参照)。一方で日本の地域包括ケアシステムよりも総合的な法律になっており、日本を意識しつつも、独自の発展を遂げていると感じました。
(沢村)日本の地域包括ケアシステムは、高齢になっても、住まいや移動、食事、見守りなど生活全般の支援や、医療・介護のサービスを利用して、住み慣れた地域で最後まで生活を続けられることを目指し、2011年の改正介護保険法で打ち出されたものです。韓国の統合ケア支援法は、高齢者だけではなく障害や病気を持つ人など、幅広い対象を想定しているということでした。
(児玉)法律でいうと、韓国には延命医療決定法という終末期医療の意思決定に関する法律がある点も注目されます(レポート②参照)。ホスピスケアの充実や終末期医療の治療中止を合法化するような法律で、AD(事前指示)(*2)を作ることが規定されています。作成されたADはオンラインのデータベースに登録されてどの病院からも見られる仕組みになっています。ADの登録件数が増えており、現在300万件を超えているそうです。
(沢村)韓国と台湾はこうした死を意識した法律がありますが、日本は法律がなく、行政や学会のガイドラインや普及啓発だけですね。
(児玉)はい。国民のADの登録が進んだり、ソウル大学病院の緩和医療・臨床倫理センターのように専門施設ができたりしたことには、法律が大きく関わっていると思います。一方で、韓国ではたくさんの人がADを登録していますが、十分な意思表明になっていないという指摘もあると伺いました。ADの内容が簡略化され、現在の内容が「ホスピスケアを求めるかどうか」のみになっているそうです。以前は人工呼吸器や人工透析などいくつかの項目があったんですが、複数項目あることによって現場で混乱があったようです。
(*1)総務省統計局「統計トピックスNo.146 統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんでー」より
(*2)事前指示(AD:Advance Directive):将来意思決定能力を失った際に自分に行われる医療行為に対して、前もって意向を表示すること。また、そのための文書(事前指示書)のこと。
意思決定における家族の存在
(児玉)終末期の意思決定の文脈だと、韓国では、家族の影響が大きいように思いました。家庭医のユン先生からは、家庭医はひとりの患者だけではなくその家族を含めた全体を診るという話がありました(レポート③参照)。高齢患者の場合、家族に配慮した意思決定を行う場合もあるそうです。
(沢村)家族との付き合いが深いからこそ、お金の面を含めて治療の選択を考えるという話も伺いました。日本だと、例えば本人と家族が手術の意思決定をする際は「手術をすればこのくらいよくなる」といった話が中心で、「お金がこのくらいかかる」という話にはなかなかなりません。韓国は、予算の話なしには選択ができないということでした。
(児玉)家族がお金を出すのが前提になっているのだと思います。ちなみに、韓国は日本と同じく国民皆保険制度なのですが、自己負担額が払えない国民も一定数いるそうです。高齢者も家族も払えないとなると、長期的な治療や介護が受けにくくなります。そこで、最低限の治療を保健所で受けられるようになっているようでした。話を戻しますと、医療の意思決定が家族に存するという話はいろいろなところで聞きましたね。
(沢村)私は韓国の金融機関でもお話を聞いたのですが、家族の揉めごとをなくすために遺言代用信託のようなサービスを利用する方も多いそうです。子どもが複数人いた場合の対応で揉める事例なども伺って、日本のようにおひとりさま高齢者と言われるような身寄りのない方々の話題はあまり出ませんでした。
(児玉)ユン先生もおひとりさま高齢者の話はしていたものの、それがとても問題になっているということではないようでした。その面では、日本とはまだ状況が違うのかもしれませんね。
コミュニティ形成による共助の力
(沢村)私が韓国と日本で大きく異なると感じたのが、家の外に出ていく意識でした。ソウル市立高齢者福祉施設に訪れた際、見学したフロアがほぼ満員状態で驚きました(レポート④参照)。少なくともに日本では、高齢者施設にあんなに人がいる状況を見たことがありません。施設を作ったりイベントをやったりすると結構人が集まるそうで、「打てば響く」ような文化があるように思いました。
(児玉)1970年代に作られた建築法で、集合住宅を作る際に近くに敬老棟のようなものを建てるように定められているという話がありました。敬老棟というのは、高齢者が集まって歓談できるような空間のことです。こうした空間があることにより、集まる文化ができているのかもしれませんね。統合ケア法や建築法による支援はいわゆる「公助」ですが、例えばマポ区では民間企業も入ってコミュニティづくりを進めるなど、「共助」も上手く機能しているように思いました(レポート⑤参照)。
(沢村)マポ区の区議会議員の方から伺ったキムチの話も興味深かったです。韓国ではキムチが文化的に重要であるとともに、自分の家の分だけではなく近所の方の分も漬けて分け合う風習があるということでした。こうしたつながりが共助の文化を生んでいるのかもしれませんね。
今後に向けて
(沢村)全体を通じて、韓国は高齢人口の割合が急激に上昇しているものの、家族がいる人がまだ多い印象でした。日本の地域包括ケアシステムは「住み慣れた地域で最後まで」の理念で作られ、各地で取り組みが進んでいます。しかし高齢化や人口減少がいっそう進む中で、最後までずっと自宅で過ごすことの難しさに直面しているのが現状です。韓国はまだ統合ケア支援法ができたばかりなので、今後の動きが注目されます。
(児玉)韓国の統合ケア支援法は、本人が望む最期を実現することが目的です。医療の面では延命医療決定法がある韓国の方が進んでいる印象ですが、生活の面では地域包括ケアシステムや在宅医療の制度がある日本の方が進んでいる印象でした。韓国の統合ケア支援法は2026年度施行なので、どのくらい上手くいっているのかを数年後に改めて見てみたいです。パイロット事業の段階では、法律という公助と、コミュニティのような共助が上手く組み合わされているように思いました。
(沢村)韓国には、自治体や企業が新しい試みをしようとする動きや、それに国民が応える姿勢が日本よりもあるように感じました。日本とは違う動きも見られそうなので、注目していきたいですね。