人口減少と人材不足が進む日本。脳や神経の個性を活かす「ニューロダイバーシティ」は、いまや企業の競争力を左右する新しい人材戦略にもなっています。2025年7月、米国で開催された「Disability:IN Global Conference & Expo」に参加し、世界の最前線を目の当たりにしました。本稿では、その知見を専門家の視点も交えながらお伝えし、日本企業にも導入できる具体的な示唆を探ります。

米国カンファレンスに参加した背景
SMBC京大スタジオでは、「発達障害特性のある人材の能力発揮支援」プロジェクトを推進中です。当プロジェクトでは、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)などの発達特性を「脳や神経の個性」と捉え、それぞれの特性を強みとして、多様な才能を社会や組織の力として活かすことを目指しています。こういった考え方は、ニューロダイバーシティと呼ばれ、欧米を中心に企業における先進事例が報告されています(*1)。
私たちは、米国における実践的な知見と具体的な成功事例を学ぶため、2025年7月に開催されたカンファレンス「Disability:IN 2025 Global Conference & Expo」を訪れました。大企業の実務者、当事者、支援者を中心に「違いを強みに変える職場とは何か?」を真摯に語り合う貴重な場でした。以下、その具体的な内容をお届けします。
(*1)出典:令和3年度産業経済研究委託費 イノベーション創出加速のためのデジタル分野における「ニューロダイバーシティ」の取組可能性に関する調査 調査結果レポートp.5
各セッションで語られた能力発揮分野と必要な組織づくり
カンファレンスのなかで、ニューロダイバーシティに焦点を当てたセッションのうち印象的だったものをご紹介します。
ニューロダイバージェント人材の能力発揮
ユニークな強み
システム思考、創造的な課題解決力、人間中心の洞察など、ユニークな力を発揮する傾向がある。
意外な領域での強み
技術職だけでなく「リーダーシップ」「社会的知性」においても高い自己評価を示す人が多い。
心理的安全性が鍵
心理的安全性が高い環境ほどスキル発揮が促進される。スキル不足ではなく「環境」が最大の障壁になりやすい。
AIの活用
AIを「支援技術」と捉え、個々の働き方に合わせたパーソナライズされたサポートが期待されている。
ニューロダイバージェント人材が活躍する組織づくり
組織全体の価値向上
多様なチームはパフォーマンスを高め、未開拓の人材プールの活用につながる。
帰属意識の重要性
人材の獲得・定着には「コミュニティの一員である」という感覚が欠かせない。
リーダーのあり方
自らの弱さを見せ、違いを尊重する姿勢が「ここに居場所がある」という文化を育む。
採用・評価の工夫
社交性より職務スキルを重視し、柔軟な働き方や明確な期待値を提示することで障壁を減らす。
経営層の後援者(エグゼクティブ・スポンサー)の役割
個人的経験が後押し
自身や家族の経験を背景に、多様性推進に強い思いを持つリーダーが多い。
ビジネス成果への貢献
ERG(*2)は単なる交流の場ではなく、顧客体験の向上など成果に直結している。
課題と挑戦
工場勤務者など参加しづらい層もあるが、経営層の後援者自身が体験を語ることで、より安全でインクルーシブな文化を育むことができる。
(*2)ERGは「Employee Resource Group」の略称で日本語では「従業員リソースグループ」といわれます。共通の属性を持つ社員が自主的に形成するグループで、社員の帰属意識を高め、企業文化の変革を推進する重要な役割を果たします。

日本の前線から見た視点
カンファレンスで得た学びを、プロジェクト代表の義村さや香氏(京都大学大学院/医学研究科/准教授)、木村智行氏(株式会社日本総合研究所/創発戦略センター/シニアデベロップメントマネジャー)にコメントをいただきました。
義村氏:アカデミアからの視点
心理的安全性や柔軟な就労環境の重要性が繰り返し強調され、私たちが発達症のある人の活躍に必要と考えてきた就労環境の方向性と一致していると感じました。また「文章の”トーンを合わせる”ために、多くの神経発達症当事者が生成AIを活用している」といった具体例も紹介され、AIがコミュニケーション支援の実践ツールとして積極的に用いられている点も印象的でした。さらに、ある企業の担当者が「要求水準を下げず、成果を出すことが第一の目標であり、成長を続けることが大事」と語った点も心に残りました。成果を求める姿勢と、当事者が安心して力を発揮するための心理的安全性をいかに両立させるかは、日本においても重要な課題になりそうです。医療現場では当事者の声を拾い、アカデミアはこの両立のあり方を検討し、その知見を実践に還元して最適化を進める—— そのような循環が必要だと思いました。
木村氏:シンクタンクからの視点
オンラインも含めて約1,000社から3,000名以上が参加(*3)という規模感にまずは驚きました。さらにはニューロダイバーシティという言葉が当たり前に使われていました。日本では我々の活動を紹介する場合にほぼ必ずニューロダイバーシティや発達障害とは何かを説明するところからすべてが始まります。この点で米国と日本では認知度に大きな開きがあるというのが実情です。国内外問わず先進的にニューロダイバーシティに取り組む企業は「特性の理解がスタート」と口をそろえていますので、改めてニューロダイバーシティの認知拡大の重要性を確認しました。
具体のトピックとして注目したのは「経営層の理解・後押し」「インクルーシブなマネージャーの存在」という2つです。特にインクルーシブなマネージャーが重要なリソースであるという主旨のコメントは印象的でした。社会実装のためにインクルーシブなマネージャーの育成・評価の仕組みがどうやったら作れるかを今後検討していきたいと思います。
(*3)出典:2025 Conference Impact Report
今後の展望
今回の米国視察は、今後のプロジェクトの方向性を検討するための有益な機会となりました。帰国後、チームで話し合った結果、ニューロダイバーシティ促進にあたり、鍵となるのは「組織作り」「文化の醸成」という共通認識に至りました。私たちは、この学びをSMBC京大スタジオやニューロダイバーシティマネジメント研究会(*4)での活動に活かしていきたいと考えています。 また、ニューロダイバーシティを新しい人材戦略として実装するには、学び合いと実践を重ねることが欠かせません。私たちSMBC京大スタジオは、企業や組織の皆さまと共に取り組みを形にしていきたいと考えています。ご関心をお持ちの方は、ぜひお声がけください。一緒に新しい未来をつくりましょう。
(*4) ニューロダイバーシティマネジメント研究会が発達障がいのある人向けIT業務体験プログラムの試験提供や人材輩出エコシステムづくりなどを2025年度に開始

※本記事に掲載の写真や画像は、本プロジェクトのメンバーおよびSMBC京大スタジオ事務局が撮影・作成しております。